行けたんだ! カナダ!!

~三十路兄ちゃんのカナダ生活日記~

香港的騒騒家族

 僕がカナダで二軒目に住んだ家は香港移民の若夫婦の家。そのベースメントに五か月くらい住んだ。

 旦那さんのホンは、ちょっとカトちゃんに似ていて、とっちゃん坊やという感じ。年は36歳だったかな。

 働き者で工場仕事で疲れて帰って来た後でも、結構家の仕事をしていた。

 壊れたテーブルを直したり、部屋の壁のペンキ塗りをしたり、物置兼車庫の片づけをしたり、良く働く人だ。

 少ししてから分かった事だったんだけど、その家は中古で半年くらい前に買ったばかりであった。

 だからあちこち手を加えたり、直したりしていたのだ。

 カナダでは新築の家という物をあまり見かけない。

 こっちの人は新しい物を直ぐパッと買う日本人とは違って、古い物を大事に長く使い続けるという人が多い。だから家だって、中古の家を買ってあちこち自分達で直して住むのである(単に古いだけでなく、趣がある家が多い、たまに百年近くの家もある)。

 部屋の壁の色も、持ち主が変わる度に、その人の趣味で塗り替えられる。

 古い家になればなるほど、ペンキが何層にも塗り足されているので、ちょっとした壁の出っ張りなんか、すごくデカくなってたりする。

 色も種々雑多、真っ白、水色、薄緑、紫、たまにピンクの部屋だってある。有り難い事に僕の部屋の色は、普通に白だったけど。

 そんな働き者で真面目なホンではあったが、あまり愛想良く話すという事はない人だった。それにちょっと気難しく細かい人で、住人への約束事も多い。

 彼は僕の様なお気軽兄ちゃんとは違い、酒もタバコも一切やらない。だから家の中は、またしても全面禁煙!

 タバコを吸う時は裏の庭で吸う。まあ、十五階から降りて吸っていた時よりは、ちゃんとキャンプ用の椅子やテーブルもあったので、快適ではあったけど。

 部屋では汚れるからと、食べ物をたべたり、ジュースを持ち込んで飲んだりしては駄目。もちろんビールも駄目。食べたり飲んだりする時は、必ずキッチンでする事。

 それにとにかく一番うるさいのは、電気だった。ひとたびキッチンや部屋の電気を消し忘れた日にゃ、ものすごい剣幕で怒って来る。忘れたのは確かにこっちのミスなんだけど、何もそこまで言わなくても......という感じ。

 そういう問題でその家に住む人間とホンとは、今までなかなかうまくいかなかったらしい。

 一度、僕が入る前に住んでいたという日本人と会った事があった。彼は場所や家賃はいいんだけど、ホンがね~と言っていた。

 でも見ず知らずの外国人を住まわせる訳だから、ある意味それくらい厳しくしないといけないのかなあと僕は思っていた。

 でもそのホンの奥さんティーリンは、旦那とは正反対の性格であった。すごく社交的でいつも明るく、冗談もしょっちゅう言い酒もたまに飲み、カナダ滞在中の英語力も弱い貧乏日本人の相談にのってくれる姉ちゃんという感じだった。年も僕より4つくらい上で本当の姉ちゃんという感じだった。

 彼女はもともと美容師で、以前は家の近くで友達と店をやっていたらしいんだけど、うまくいかなく廃業して、今は自宅の地下室の僕の隣の部屋で細々と近所のおばちゃん達の髪を切っている。だから家の中にはいつも、客やら近所に住んでいるティーリンのお母さんやら親戚やらが出入りしていた。

 その人達はお互い中国語なので、何を言っているのかさっぱり分からず、まして香港の中国語(カントニーズ)は言葉がきついので、最初は喧嘩でもしているのか?とちょっと怖かった。香港語は中国語の中の大阪弁みたいな物なのか?

 二人には子供がいた。4歳のテレンス、かわいい男の子だ。いたずら盛りでよくホンとティーリンに怒られていたけど、どこの国の子でも子供はやっぱりかわいいもんである。

 僕は時々テレンスと遊ぶんだけど、彼は香港人の両親を持つカナダ生まれのカナダ人。だから喋る言葉は、両方の言葉が混ざっている。

 ある時僕にじゃれてて、何かをテレンスが言った。その意味が分からなくて、多分僕の知らない単語だと思い、「やばい、4歳に負けている!」と頭を悩ませていたら、ティーリンが来て、「今のは中国語だよ!」と笑って言った。

 

 ある日いつもカリカリしているホンが、僕の部屋に来て、珍しく笑顔で話し掛けてきた。

 夕食まだなら一緒に食べないか?と言うのである。

 貧乏でいつもピザやホットドックしか食べていない僕は、素直に喜んでディナーをご馳走になる事にした。

 仕事も見つからず、英語もまだろくに喋れない僕に気を使ってくれたのかなあと思って、「サンキュー」を繰り返した。そして自分の部屋に戻って数十分後、近所の中国人家族の集団が、ドカドカっとやって来た。

 僕の部屋は地下なので、一階の騒ぎがもろに天井を揺らす。

 子供達はドタバタ走り回り、ゆっくりFMラジオのジャズでも聞こうと思っていたのに、無残にもその夢は打ち砕かれ、もう午前一時だというのに、パーティーは収まらず、眠る事も出来ない。

 僕は思った。さっきのディナーは、「これからうるさくなるけど、がまんしてね!」という事だったのかも知れない。この夫婦おそるべし!!